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名古屋地方裁判所 平成5年(ワ)811号 判決 1997年1月20日

原告

濱田政弘

右訴訟代理人弁護士

浅井岩根

鈴木良明

被告

中野仁

外一一名

右一二名訴訟代理人弁護士

今枝孟

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、訴外株式会社中京銀行に対し、各自金六億三八〇〇万円及びこれに対する被告山本雅也及び同田中晧については平成五年三月二三日から、その余の被告らについては同月二一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者等

(一) 原告は、後記の請求をした日である平成五年一月二六日の六か月前から現在まで引続き訴外株式会社中京銀行(後記(三)の組織変更の前後を通じ、以下「訴外銀行」という。)の株主である。

(二) 被告中野仁(以下「被告中野」という。)は昭和五〇年一二月から、被告白石榮一(以下「被告白石」という。)は昭和六〇年六月二八日から、被告溝邉正昭(以下「被告溝邉」という。)は昭和六一年六月二七日から、被告長谷川洸一(以下「被告長谷川」という。)は昭和六二年六月二六日から、それぞれ訴外銀行の代表取締役の地位にあり、被告田中晧(以下「被告田中」という。)及び被告合田盛文(以下「被告合田」という。)は昭和六一年六月二七日から、被告村井國哲(以下「被告村井」という。)は昭和六三年六月二九日から、被告山本雅也(以下「被告山本」という。)及び被告川西盛也(以下「被告川西」という。)は平成元年六月二九日から、被告片岡嘉宏(以下「被告片岡」という。)及び被告山野清(以下「被告山野」という。)は平成二年六月二八日から、それぞれ平成五年五月一七日現在まで、それぞれ訴外銀行の取締役の地位にある(被告田中及び同合田は、平成四年六月二六日代表取締役に就任した。)。

(三) 訴外銀行は、商号を中京相互銀行とする相互銀行法に基づく相互銀行であったところ、平成元年二月一日組織変更により、銀行法に基づく普通銀行に転換し、現在の商号となった。

2  訴外銀行の株式会社ジージーエスに対する貸付け及び損害の発生

(一) アトランタのホテル融資

訴外株式会社ジージーエス(以下「訴外会社」という。)は、訴外銀行に対し、アメリカ合衆国(以下「米国」という。)ジョージア州アトランタ市所在のホテル建物の買収、増築計画のための借入れを申し込んだ。訴外銀行は、平成元年九月ころ、常務会において右貸付けを決裁し、同社に一二億円を貸し付けた(以下この貸付けを「第一回貸付け」という。)。訴外銀行は、右貸付けの担保として、訴外会社から右建物及びその敷地(以下「本件建物等」という。)について、訴外三井海上火災保険株式会社(当時の商号は大正海上火災保険株式会社。商号変更の前後を通じ、以下「三井海上」という。)と同順位の抵当権の設定を受けた。

(二) インパクトローン

訴外会社は、訴外銀行に対し、平成二年初めころ、運用資産として超長期国債を購入するため借入れを申し込み、訴外銀行は、常務会において、インパクトローン極度額五億円の貸増しを決裁し、五億円を貸し付けた(以下この貸付けを「第二回貸付け」という。)。訴外銀行は、右貸付けの担保として、利札のない国債元本五億円を取得した。

(三) スタンドバイクレジット

訴外会社は訴外銀行に対し、平成二年夏ころ、訴外会社の一〇〇パーセント出資している海外子会社である株式会社ジージーエスハワイ(以下「ジージーエスハワイ」という。)がハワイ銀行から融資を受けるため、一〇〇〇万ドルのいわゆるスタンドバイ・クレジット(支払承諾見返り)の発行を申し込み、訴外銀行は常務会において右スタンドバイクレジット発行(以下「第三回貸付け」といい、第一回貸付け及び第二回貸付けと併せて「本件各貸付け」という。)を決裁し、実行した。訴外銀行は、担保として利札のない国債の元本を取得した。

(四) 損害の発生

(1) 訴外会社取締役は、平成三年七月一一日東京地方裁判所に対し、会社の整理の開始を申し立て、訴外会社は、約二六〇億円の負債を抱えて事実上倒産した。

(2) 訴外銀行は、平成四年三月期決算において、訴外会社の倒産に伴い、六億三八〇〇万円を債権償却特別勘定に組み入れた。

(3) よって、訴外銀行は、本件各貸付けにより右金額を下回らない損害を被ったものというべきである。

3  本件各貸付けの違法性及び被告らの責任

(一)(1) 昭和六二年四月一日から昭和六三年三月末日まで、同年四月一日から平成元年三月末日まで及び同年四月一日から平成二年三月末日までの各年度(以下順次「昭和六三年三月期」のようにいい、併せて「本件各期」という。)における訴外会社の売上高は、

昭和六三年三月期

二二六億六七〇〇万円

平成元年三月期

二三二億五九〇〇万円

平成二年三月期

二五二億二九〇〇万円

と微増の状況であったにもかかわらず、支払利息は、

昭和六三年三月期

三八億六二〇〇万円

平成元年三月期五二億九一〇〇万円

平成二年三月期五六億六四〇〇万円

と三年間で約四六パーセント増大した。

訴外会社の短期借入金は、

昭和六三年三月期

九四二億三七〇〇万円

平成元年三月期

九八二億四八〇〇万円

平成二年三月期

一四八四億七〇〇万円

と三年間で約五七パーセント増大した。

長期借入金は、

昭和六三年三月期

三〇四億七〇〇〇万円

平成元年三月期

四六二億二三〇〇万円

平成二年三月期

六五〇億三二〇〇万円

と三年間で約一一三パーセント増大し、これらに伴い、負債比率も三八七〇パーセントから四八四〇パーセントに増大した。

訴外会社の経常利益は、

昭和六三年三月期

一六億〇七〇〇万円

平成元年三月期一四億四五〇〇万円

平成二年三月期一〇億三三〇〇万円

と三年間で約三六パーセント減少し、売上高経常利益率も5.3パーセントから、4.4パーセント、2.8パーセントへと減少し、金融費用対売上高費率は24.1パーセントから、28.0パーセント、30.5パーセントへと増大した。

このように、訴外会社は、昭和六三年三月を契機に業績が著しく悪化していたものである。

(2) 訴外銀行においては、東京支店が訴外会社の所轄店舗であり、その支店長であった被告村井は、訴外会社から日常的に残表等により報告を受け、各決算期においては決算書類により説明を受けていた。

訴外銀行東京支店が訴外会社から得た経営情報は、東京支店にとどまらず、訴外銀行の本店へも報告されていた。

(二) 常務会構成員である被告らの行為の違法性及び責任

(1) 第一回貸付けについて

ア 第一回貸付け当時における訴外銀行の常務会構成員は、頭取が被告中野、専務が訴外三輪昭夫、訴外川浪興一、常務が訴外加藤鑛三、被告白石、被告溝邉、被告長谷川、訴外玉井博及び被告倉地である。

イ 第一回貸付けについては、前記2(一)のとおり、訴外銀行は、本件建物等の上に、各五〇パーセントの協調融資元であった三井海上と同順位の抵当権の設定を受けたのであるが、右貸付けは、訴外銀行にとって海外融資案件の第一号の事例であり、訴外銀行は、海外融資業務に精通していなかったものであるから、本件建物等以外にも担保を取得するなどして、慎重な担保徴求をすることが要請されていた。それにもかかわらず、右常務会構成員は、処分の容易性及び管理の簡便性に著しく欠ける本件建物等のみを抵当物件としたのみでその他に何らの担保を徴求することなく第一回貸付けを常務会において決裁した。

ウ 訴外会社は、第一回貸付け以前に、米国においていわゆるレキシントンの訴訟を提起され、かつ、その事実がわが国においても広く報道され、イメージダウンを被っていた。しかるに、右常務会構成員は、右報道を承知しながら、第一回貸付けを決裁した。

(2) 第二回貸付けについて

ア 第二回貸付け当時における訴外銀行の常務会構成員は、頭取が被告中野、専務が訴外川浪興一、常務が訴外加藤鑛三、被告白石、被告溝邉、被告長谷川、訴外玉井博及び被告倉地である。

イ 第二回貸付けについては、前記2(二)のとおり、訴外銀行は、利札のない国債のみを担保として取得したのであるが、金融業界にあって、利札と別に国債の元本のみの担保差入れを受けることは極めて稀有のことであり、訴外会社のそのような申入れ自体が経営状況の悪化を疑わせるものである。常務会構成員としても、国債元本を担保とするのは初めての経験であった上、利札のない国債元本の時価が額面の四〇パーセントであること、しかも元本のみでは国債を処分することは不可能であって担保処分の容易性を著しく欠くことを認識していたにもかかわらず、訴外会社の経営財務状況の悪化を十分調査することなく、常務会において漫然第二回貸付けを決裁した。

ウ また、第二回貸付け申込みの目的が超長期国債の購入にあることは、常務会において報告されていた。それにもかかわらず、常務会構成員は、貸付目的の面からの十分な審議もせず、購入した超長期国債を元本と利札とに分けてさらに借入れをし、いわば借入金倍々ゲームともいうべき運用を行う訴外会社の不健全きわまりない意図を看破し得ないまま、第二回貸付を決裁した。

(3) 第三回貸付けについて

ア 第三回貸付け当時における訴外銀行の常務会構成員は、頭取が被告中野、専務が訴外冨田信夫、訴外川浪興一、常務が訴外加藤鑛三、被告白石、被告溝邉、被告長谷川、及び被告倉地である。

イ 第三回貸付けの申込みが当初なされた平成二年夏当時には、訴外会社の経営状況、財政状況の悪化も決算書類等からより鮮明になっていた。それにもかかわらず、常務会においては、訴外会社の決算書類も配布されず、訴外会社の状況について売上高微増との説明がされたのみで、その経常利益及び金融費用対売上高比率を踏まえた十分な審議を行わないまま、各常務会構成員は、第三回貸付けを決裁した。

ウ 第三回貸付けについても利札のない国債が担保として取得されているところ、前記(2)のようなその問題性は、誰の目にも明らかであるのに、右常務会構成員は、この点につき何ら議論せず、第三回貸付けを決裁した。

(4) 右のとおり、本件各貸付けの当時における常務会構成員である右(1)から(3)までの各アの被告らは、常務会構成員である取締役としての善管注意義務又は忠実義務に違反する行為をしたものである。

(三) 常務会構成員でない被告ら等の行為の違法性及び責任

(1)ア 本件各貸付けの当時における訴外銀行の業務担当取締役(代表取締役以外の取締役であって、定款の規定により、内部的な業務執行の権限を認められ、これを担当する者をいう。)のうち、本件各貸付けに関連する者をみると、被告白石は融資業務の最終的責任を負う者であり、被告合田は海外融資業務を担当する者であり、被告村井は東京支店長兼東京事務所長の業務を担当する者であり、被告片岡は融資業務及び管理業務を担当する者であって、右被告らは、いずれも右の業務担当取締役に当たる。

イ 本件各貸付けの当時における訴外銀行の常務会構成員以外の取締役(いわゆる平取締役)である被告は、被告山本、被告山野、被告田中及び被告川西である。

(2) 取締役会は、株式会社の意思決定機関であり、取締役会に究極の責任を認める法的システムが採られている。しかるに、訴外銀行においては、融資業務は日常的な業務であるとの理由から、最重要の貸出案件のすべてが常務会で専権的に意思決定され、取締役会に報告すらされておらず、何らチェックシステムが構築されないまま放置されていた。右(1)ア及びイの業務担当取締役及び常務会構成員以外の取締役は、取締役会の構成員であるから、右のようにチェックシステムを不備のままに放置したことにつき、忠実義務又は善管注意義務の違反がある。

(3) 訴外銀行においては、常務会構成員でない取締役といえども、オブザーバーとして常務会に参加することはでき、決議事項について質問すること及び意見を表明することができた。しかるに、常務会構成員でない取締役及び業務担当取締役は、本件各貸付けが決裁された各常務会において、担保徴求手続の不当性、融資金額に相当する担保を徴求していないことによる危険性、訴外会社の財務内容の評価の誤りにつき、何の疑問も主張せず、融資に対する消極意見も表明しなかった。これは常務会構成員でない取締役及び業務担当取締役の忠実義務又は善管注意義務の違反というべきである。

(4) 右のとおり、本件各貸付けの当時における常務会構成員でない取締役である右(1)アの被告ら及び業務担当取締役である同イの被告らは、忠実義務又は善管注意義務に違反する行為をしたものである。

(四) 代表取締役である被告らの行為の違法性及び責任

(1) 被告中野は、昭和五七年二月から平成四年六月までの間訴外銀行の代表取締役頭取の地位にあり、被告白石は、昭和六〇年六月から平成四年六月までの間訴外銀行の代表取締役、常務取締役、兼営業本部第一営業本部長の地位にあった。

(2) 右被告らは、訴外会社の経営状態が遅くとも平成二年後半から悪化したことを認識していたにもかかわらず、本件各貸付けにつき、適切な債権回収の方策をとらなかった。右被告らには、この点について、代表取締役としての対外的業務執行上の過失があるというべきである。

(3) 右被告らは、代表取締役として、訴外銀行の従業員を指揮監督すべき権限を有していた。したがって、右被告らは、被告合田、同片岡、及び同村井に対し(被告中野については、加えて同白石に対しても)、訴外会社への融資業務に付随する一切の業務執行を監視して、本件各貸付けにつき違法又は不当な融資業務をすることを防止し、もって訴外銀行に損害を被らせることがないように監督する義務を有していたにもかかわらず、それを怠った。右被告らには、この点について、代表取締役としての対内的業務執行上の過失があるというべきである。

(五) 訴外銀行に対する株式会社東海銀行の支配に関連する本件各貸付けの違法性

訴外銀行は、平成三年当時、資本的にも人的にも、訴外株式会社東海銀行(以下「東海銀行」という。)に強く支配され、その大きな影響下にあった。訴外銀行の訴外会社に対する融資は、その倒産直前の短期間に増大しているところ、本件各貸付けは、訴外銀行の大株主であり、取締役の半数近くを輩出している東海銀行からの追加融資の要請に応じて、訴外会社の倒産により東海銀行に生ずべき危険を分散するために意図的にされたものである。

仮にそういえないとしても、本件各貸付けは、訴外会社の主たる取引銀行が東海銀行であることなどの事情に安易に依拠し、通常とるべき厳格な融資手続を経ることなく継続してされたものである。

よって、本件貸付けは、違法である。

4  原告は訴外銀行に対し、平成五年一月二六日書面をもって、被告らの責任を追及する訴えの提起の請求をした。訴外会社は、同日から三〇日を経過しても、右訴えを提起しない。

5  よって、原告は、被告らに対し、訴外銀行のため、損害金六億三八〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日のである被告山本及び同田中につき平成五年三月二三日から、その余の被告らにつき同月二一日から、各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を訴外銀行に各自支払うことを求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否及び主張

1  請求の原因1の各事実は認める。

2(一)  同2(一)ないし(三)の各事実は認める。

(二)(1)  同(四)(1)の事実は認める。

(2)  同(2)の事実中、訴外銀行が債権償却特別勘定に組入れた旨の新聞報道があったことは認め、その余は否認する。

(3)  同(3)の主張は争う。

3(一)(1) 請求原因3(一)(1)の事実中、訴外会社が昭和六三年三月を契機に業績が著しく悪化したことは争い、その余は認める。

(2)  同(2)の事実は認める。

(二)(1)ア 同(二)(1)アの事実は認める。

イ 同イのうち、訴外銀行が第一回貸付けに当たり本件建物等につき抵当権を取得したこと、常務会が第一回貸付けを決裁したことは認め、その余は争う。

ウ 同ウのうち、いわゆるレキシントンの訴訟に関する新聞記事のあることは認め、その余は争う。

(2)ア  同(2)アの事実は認める。

イ  同イのうち、利札のない国債元本の時価が当時額面額の四〇パーセント程度であったこと、常務会が第二回貸付けを決裁したこと、第二回貸付け申込みの目的が超長期国債の購入にあったことは認め、その余は争う。

ウ  同ウは争う。

(3)ア  同(3)アの事実は認める。

イ  同イの事実中、常務会が第三回貸付けを決裁したことは認め、その余は否認する。

ウ  同ウの事実中、利札のない国債が担保として取得されたことは認め、その余は否認する。

(4)  同(4)の主張は争う。

(三)(1)  同(三)(1)ア及びイの各事実は争う。

(2)  同(2)の主張は争う。

(3)  同(3)のうち、訴外銀行において常務会構成員でない取締役も常務会に出席して、質問及び意見の表明をすることができたことは認め、常務会構成員でない取締役及び業務担当取締役が本件各貸付けに対する消極意見も表明しなかったことは不知、その余は争う。

(4)  同(4)の主張は争う。

(四)(1)  同(四)(1)の事実は認める。

(2)  同(2)は争う。

(3)  同(3)の主張は争う。

(五)  同(五)の事実は否認する。主張は争う。

4  同4の事実は認める。

5  同5の主張は争う。

6  被告らの主張

(一) 訴外会社について

訴外会社は、訴外岩崎充(以下「岩崎」という。)が昭和四三年に株式会社銀座ゴルフサービスとして設立し、昭和五九年に商号が変更された会社であり、その資本金は昭和六〇年以降金一億七〇〇〇万円である。訴外会社はゴルフ会員権の売買、仲介、金融業、海外不動産投資、販売業等を目的とする。

(二) 訴外会社の経営状況及び訴外銀行との取引の経緯

(1) 訴外会社は、ゴルフ会員権の売買、仲介業を出発点としたが、その後業務内容を拡大し、ファイナンス業務、海外資産投資、宝石の輸入販売をも取り扱うようになった。訴外銀行の融資取引も、徐々に増加し、平成元年八月における融資は、会社運転資金を主とし、その額は、一〇億円程度となった。この約一六か年にわたる間、訴外会社の業績は順調に伸び、訴外銀行の融資取引は継続され、取引の内容においても危惧すべき箇所、懸念される点は見当たらなかった。

(2) 訴外会社の主たる営業内容はゴルフ会員権の売買・仲介業から、次第に金銭貸付、有価証券の保有・運用、投資用海外不動産販売という金融部門に拡大していった。したがって、本件各貸付けにおいて訴外会社の経営分析をする際に指標とすべき企業業種としてサービス業を用いることは適切でなく、金融業的色彩の強いノンバンク業、リース業を用いるのが適当である。また、訴外会社の財務諸表を検討する際には、業としての貸付けによる収入は、営業上の収入であって売上げと同じ性質を有するから、「売上げ」については「営業収益」で、「売上原価」については「営業費用」でそれぞれ判断するのが適正である。

訴外会社の本件各期における営業収益をみると、

昭和六三年三月期

三〇〇億三九〇〇万円

平成元年三月期

三二八億二八〇〇万円

平成二年三月期

三六三億三二〇〇万円

と順調に増加しており、訴外会社の営業利益、すなわち営業収益から営業費用を差し引いたものは、

昭和六三年三月期

一九億六八〇〇万円

平成元年三月期二九億二五〇〇万円

平成二年三月期二五億二五〇〇万円

であり、各期とも二〇億円内外を計上していた。

以上から営業収益に占める営業利益の比率をみると、

昭和六三年三月期6.6パーセント

平成元年三月期 8.9パーセント

平成二年三月期 7.0パーセント

であり、六パーセントないし八パーセント台を維持しており、訴外会社は、本件各期において営業面では極めて順調な推移を示している。

計上利益は原告の主張のとおり、減少傾向にあったとはいえ、本件各期とも一〇億円以上を確保していた。

また総資産は、

昭和六三年三月期

一三五一億八八〇〇万円

平成元年三月期

一五四七億六二〇〇万円

平成二年三月期

二二八四億三七〇〇万円

と増加の趨勢にあり、これは、総資産中、将来の利益に結び付く先行投資の額が年とともに多くなっていたことを推認させるものである。このことに節税等の効果を加えて判断すると、経常利益の減少ということは、平成二年三月期までは特段の不安材料とはならなかった。

当期利益についてみると、

昭和六三年三月期六億八八〇〇万円

平成元年三月期 七億五五〇〇万円

平成二年三月期 五億一四〇〇万円

と計上しており、訴外会社は、平成二年三月期の決算ができあがるころまでは客観的に成長企業として認識されるに足りる決算内容を有していた。

訴外銀行は、第一回貸付け及び第二回貸付けについては平成元年三月期までの決算書をもとに、第三回貸付けについては平成二年三月期までの決算書をもとに、訴外会社の業況は好調であり、少なくともその業績の不調を窺わせる事情はないと判断した。

(3) 訴外銀行と訴外会社の取引は、昭和四〇年代中ころ又は末ころに預金取引が、昭和四八年三月訴外銀行東京支店において融資取引が開始された。訴外銀行は、融資が継続するところから、東京支店長等が訴外会社役員等から説明や決算表等の資料の提供を受け、これによって訴外会社の事業内容を把握するとともに、これを融資先として日常管理することを怠らなかった。訴外銀行本部の役員も、訴外会社の責任者と会談し、業界に一般動向、訴外会社の動静を直接に監督するように努めてきた。

(4) 訴外会社の業績は平成二年までは順調に推移していたが、同年後半から始まったいわゆる金融引締めが急速に進んだこと、平成三年初め以降湾岸戦争の勃発に端を発した米国の経済の急落及び停滞が、主要な原因となって、訴外会社は、同年七月会社整理が開始され、倒産に立ち至った。訴外会社にとっては、平成二年一〇月後半又は一一月ころまでは事業資金が順調に流れていたのであり、被告らを含め、誰であっても、本件各貸付けの是非を審査、判断するに当たり、右のような急激な金融引締め、湾岸戦争開戦といった事態はこれを予見することができなかったものである。

(5) 東京地方裁判所が平成五年三月一二日訴外会社について発した会社整理実行命令に係る整理計画案によれば、訴外銀行については、債務総額三一億四八〇〇万円に対して、担保割れ債権のうち、債務免除額に回るものが五億七二〇〇万円、担保を処分することによる弁済受け額が一七億一八〇〇万円、一〇年間にわたる分割弁済額が八億五八〇〇万円とされている。

(三) 第一回貸付けについて

訴外銀行は、昭和六三年六月にニューヨーク駐在員事務所を開設し、これを橋頭堡として国際業務を拡充することを企図し、訴外会社を含む取引先に対し、海外案件の紹介方とこれについての与信関与方を依頼していた。

他方、訴外会社は、前記のとおり海外資産投資、海外不動産販売を手がけるようになってきており、香港、米国等において主としてホテル、ゴルフ場、コンドミニアムを購入し、投資を展開しており、このような状況の下で、訴外会社は、訴外銀行の依頼に対し、第一回貸付けに係るホテル投資計画を申し出た。訴外銀行東京支店は、訴外会社から裏付資料を入手して資金計画、収支計画の分析検討をするとともに、この計画の協調融資元である三井海上からも情報を入手して慎重に検討した。その結果、アトランタ市は、米国において政治的経済的に枢要な拠点都市であること、同市は、オリンピック大会開催候補地であり、ホテル需要が高まるであろうこと、同市には大手企業の本社が多く、したがってそれらによる業務上の利用需要が十分に見込まれること、買収予定物件は、同市の再開発地域に所在し、ホテル化につき地元の支援が得られること、訴外会社は、既に米国でのホテル運営のノウハウを持っていること、以上の諸点について裏付けが得られた。

そこで、訴外銀行は、第一回貸付けを実行した。

(四) 第二回貸付けについて

訴外会社の平成二年三月期の業績見通しは、売上約三〇〇億円、経常利益約一五億円の見込みであった。このため、訴外会社は平成二年初めころ、運用資産として超長期国債を購入することを意図し、訴外銀行東京支店に対し、融資申込みをした。

同支店において検討した結果、訴外会社は、取引歴が長く、取引ぶりが良好で、業況が内外とも好調であることを基礎として、インパクトローン極度額五億円の貸増しを可とする意見となった。この案件は、常務会に諮られ、その決裁によって貸付けが認可された。訴外銀行はこの担保として、訴外会社の業績が好調であることから、利札のない国債元本を取得した。

訴外会社は、多数の金融機関に対し、一七、八年以前から利札のない国債元本を担保として差し入れてきた。また、国債元本の時価は、償還期限が到来すれば額面相当額となること、訴外会社の社長の説明によれば、他の金融機関も、国債の元本のみを担保として訴外会社に対する融資をしている由であること、訴外会社は過去一七、八年にわたる訴外銀行との取引において事故を起こしたことはないこと、当時、訴外会社の売り上げが三〇〇億円程度で、営業利益も二〇億円程度に上っているという資料があったことなどから、貸付額の相当範囲を保全することのできる担保であれば、訴外会社の信用を補完するに足りるという判断に至った。

(五) 第三回貸付けについて

訴外会社は、昭和年代末ころないし平成年代の初めころから海外不動産の販売にも進出してきた。このころ、米国不動産についての投資は好景況であり、ハワイ等のコンドミニアム等に対する投資が急増していた。訴外会社の子会社であるジージーエスハワイは、平成二年夏ころの投資用海外不動産購入のための資金の調達が必要となり、訴外会社を通じて訴外銀行に一〇〇〇万ドルの融資申込みをしたが、訴外銀行においては海外法人に対する貸付けは自由にはできないので、スタンドバイクレジット(支払承諾見返り)の採用が検討された。右資金は、米国オレゴン州のアパートメント開発やカルフォルニア州のコンドミニアム開発の資金の一部に充てるものであった。訴外銀行東京支店においてこれらの計画につき資料の提供を求めて検討したところ、当時の海外投資の状況下では企図する物件の早期の売却すなわち投資資金の早期の回収を十分に見込み得るものであり、したがって、右融資申込みは安全良好な案件であるとの判断に至った。詳言すれば、訴外会社の平成二年三月期の決算は、売上約三六〇億円、経常利益約一〇億円を計上しており、その業績は、引続き堅調であった。また、訴外会社は、ゴルフ会員権の売買等に加えて、ファイナンス部門、海外関連、宝石輸入販売等の関連事業からなる経営の多角化により、経営の一層の安定を図ろうとしていたのである。訴外銀行東京支店においては、この案件も訴外会社の多角化に伴うものであり、個別案件としても良好であったことなどから、これを採るべく貸出申請をした。これは、担保として国債元本を取得するという条件で常務会決裁により認可となった。

(六) 訴外銀行は、独自の規程、組織及び企業方針を持ち、独立した判断をもって金融等業務を遂行しているものであり、企業運営について東海銀行に追従し、いわんやこれに束縛され支配されるということはおよそあり得ないことである。

第三  証拠

証拠関係は本件訴訟記録中の書証目録並びに証人等目録の記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求の原因1(一)から(三)まで、2(一)から(三)まで、(四)(1)、4の各事実は当事者間に争いがない。

二  取締役は、会社に対し、善良な管理者の注意をもって会社のため忠実にその職務を執行する義務を負い、この善管注意義務、忠実義務に違反し、会社に損害を被らせた場合会社が被った損害を賠償しなければならない。

ところで、取締役はその職務を執行するに当たって、企業経営の見地から、経済情勢に即応し、流動的で多様な各般の事情を総合した合目的的、政策的な判断が求められることはいうまでもないが、会社経営は極めて波乱に富むものであり、多少の冒険とそれに伴う危険はつきものである。それ故、取締役が業務の執行に当たって、企業人として合理的な選択の範囲内で誠実に行動した場合には、その行動が結果として間違っており、不首尾に終わったため会社に損害を生ぜしめたとしても、そのことの故に取締役の注意義務違反があったとして責任を問われるべきでない。

したがって、取締役が右の善管注意義務、忠実義務に違反したとされるかどうかは、当該取締役が職務の執行に当たってした判断につき、その基礎となる事実の認定又は意思決定の過程に通常の企業人として看過しがたい過誤、欠落があるために、それが取締役に付与された裁量権の範囲を逸脱したものとされるかどうかによって決定すべきものである。

原告が被告らの善管注意義務、忠実義務違反として主張するのは、いずれも金融機関である訴外銀行が顧客に対してする貸付けに関する事由であるところ、右の理によれば、このような金融機関のする貸付けが結果として回収困難又は回収不能となった場合であっても、当該貸付けを行った取締役の判断をもって直ちに善管注意義務、忠実義務の違反と断ずべきではなく、右判断に通常の企業人として看過し難い過誤、欠落があるかどうかを、貸付けの条件、内容、返済計画、担保の有無、内容、借主の財産及び経営の状況等の諸事情に照らして判断すべきことになる。

以下このような見地に立って検討する。

三  常務会構成員である被告らの行為の適否(請求の原因3(二))について

1  第一回貸付けについて

原告は、まず、第一回貸付けについては、本件建物等は処分の容易性及び管理の簡便性に欠けるので、そのほかにも担保を徴求すべきであったとし、これをしなかったことが善管注意義務、忠実義務違反に当たると主張するが、本件建物等の処分が容易でなく、管理が簡便でないと評価すべき根拠について的確な主張立証はないし、成立に争いのない甲第四〇号証の一六、乙第一号証並びに被告村井及び同白石の各本人尋問の結果によれば、収益還元方式によって鑑定評価すると、第一回貸付け当時の本件建物等の時価は二五億円であることが認められ、本件建物等の担保価値は訴外銀行の被担保債権の価格を下回るものではないから、本件建物等が第一回貸付けの担保として不相当なものということはできない。

原告は、次に、訴外会社はいわゆるレキシントンの訴訟を起こされたことによってイメージダウンを被っていたとし、それにもかかわらず貸付けをしたことが善管注意義務、忠実義務違反に当たるとも主張する。しかしながら、借主が第三者から訴訟を提起され、そのために借主の企業としてのイメージが低下したという事実があったとしても、そうであるからといって直ちに借主が返済困難に立ち至る危険が生ずるという関係が認められるものではないから、右のようにいうのみでは、第一回貸付けを認可した常務会構成員の判断に誤りがあったとは到底評価し得ない。殊に、前掲乙第一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第四九号証の一、二、証人岩崎の証言並びに前記各本人尋問の結果によれば、右のレキシントンの訴訟なるものは、訴外会社とレキシントンホテルとの間のホテル管理委託契約の解除の成否を争点とするものであること、訴外会社はこれによって金員支払を命ぜられたわけではないことが認められるのであるから、なおのこと、右訴訟提起の事実の故に訴外会社に対する貸付けが合理性を欠くとか、貸倒れの危険を蔵していたとかといった評価をすることはできない。

してみると、第一回貸付けを認可した常務会構成員の判断に善管注意義務、忠実義務違反があるとする原告の主張はいずれも失当というべきである。

2  第二回貸付け及び第三回貸付けについて

(一)  前記一の当事者間に争いのない事実及び前記各本人尋問の結果によれば、訴外銀行は、第二回貸付けについては利札のない国債元本五億円を、第三回貸付けについては利札のない国債元本一〇億円をそれぞれ取得したこと、一般に利札のない国債元本の時価は、額面の四〇パーセントに過ぎないこと、そのことは、第二回及び第三回の各貸付け当時において常務会構成員である取締役にとって明らかであったことが認められ、この認定事実によれば、第二回及び第三回の各貸付けについては、当時の時価において、担保として差し入れられた右各国債元本の価格が各被担保債権価格を下回っていたこと、すなわち、いわゆる担保割れが生じており、常務会構成員はこれを知りながら各貸付けを認可したことが認められる。

(二)  しかしながら、他方において、前記一の当事者間に争いのない事実、前掲甲第四〇号証の一六、乙第一号証、成立に争いのない甲第三四、三五号証、三六号証の一から四まで、三七号証から三九号証まで、四〇号証の一から一五まで、乙第三、四号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第四一から第四三号証まで、甲第四九号証の一、二、乙第二号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第四四、四五号証、証人岩崎の証言並びに被告村井、同白石、同中野の各本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

(1) 訴外銀行は訴外会社に対し昭和四八年ころから継続的に融資をしてきたが、融資額は順調に拡大し、昭和六三年四月には会社運転資金を中心に一〇億円程度となっていた。当時、訴外会社の業績が順調であったこともあり、右融資については、株式やゴルフ会員権を担保は徴求していたが、これらは融資額の半額を担保するものであり、その余はいわゆる裸与信であった。

訴外銀行は昭和六三年六月ニューヨーク事務所を開設し、同事務所を将来支店に昇格して国際取引等を拡大する計画であり、訴外会社から融資先の紹介等の協力を期待していた。

(2) 訴外会社との融資取引については、訴外銀行東京支店が所轄店舗である。昭和六三年四月に支店長になった被告村井は、日常的に訴外会社から取引先金融機関の残高一覧表等により報告を受け、各決算期においては決算書類により説明を受けており、訴外会社から得た経営情報は東京支店から本部へも報告されていた。

(3) 訴外会社は、昭和四三年五月二九日設立され、当初ゴルフ会員権の売買・仲介業を主な業務内容としていたが、昭和五九年にジージーエスに商号を変更し、業務内容を拡大して、ファイナンス業務、海外不動産投資・販売、宝石の輸入販売をも取り扱うようになった。訴外会社が海外投資・販売部門に力を入れるようになったのは昭和六三年ころからである。

ア 訴外会社の営業収益は、

昭和六三年三月期

三〇〇億三九〇〇万円

平成元年三月期

三二八億二八〇〇万円

平成二年三月期

三六三億三二〇〇万円

と増加しているが、そのうち、売上高は、

昭和六三年三月期

二二六億六七〇〇万円

平成元年三月期

二三二億五九〇〇万円

平成二年三月期

二五二億二九〇〇万円

と微増の状況にあった。

これに対し、営業費用のうち、売上原価が

昭和六三年三月期

二一七億四一〇〇万円

平成元年三月期

二二一億五四〇〇万円

平成二年三月期

二三八億五六〇〇万円

と増加し、また、支払利息が、

昭和六三年三月期

三八億六二〇〇万円

平成元年三月期五二億九一〇〇万円

平成二年三月期五六億六四〇〇万円

と三年間で約四六パーセント増大したため、営業利益、すなわち営業収益から営業費用を差し引いたものは、

昭和六三年三月期

一九億六八〇〇万円

平成元年三月期二九億二五〇〇万円

平成二年三月期二五億二五〇〇万円

に留まった。

イ 訴外会社の経常利益は、

昭和六三年三月期

一六億〇七〇〇万円

平成元年三月期一四億四五〇〇万円

平成二年三月期一〇億三三〇〇万円

と三年間で約三六パーセント減少し、当期利益も、

昭和六三年三月期六億八八〇〇万円

平成元年三月期 七億五五〇〇万円

平成二年三月期 五億一四〇〇万円であった。

ウ 支払利息の増加は短期借入金が、

昭和六三年三月期

九四二億三七〇〇万円

平成元年三月期

九八二億四八〇〇万円

平成二年三月期

一四八四億〇七〇〇万円

と三年間で約五パーセント増大し、長期借入金が、

昭和六三年三月期

三〇四億七〇〇〇万円

平成元年三月期

四六二億二三〇〇万円

平成二年三月期

六五〇億三二〇〇万円

と三年間で約一一三パーセント増大したことによるものである。

エ しかし、訴外会社の総資産は、

昭和六三年三月期

一三五一億八八〇〇万円

平成元年三月期

一五四七億六二〇〇万円

平成二年三月期

二二八四億三七〇〇万円

と増加している。

オ 訴外会社の固定比率は

昭和六三年三月期四二八パーセント

平成元年三月期 三一〇パーセント

平成二年三月期一四一六パーセント

であり、負債比率(負債を自己資本で割った率)も、

昭和六三年三月期

三八七〇パーセント

平成元年三月期三六四〇パーセント

平成二年三月期四八四〇パーセント

と増大した。

売上高経常利益率は

昭和六三年三月期5.3パーセント

平成元年三月期 4.4パーセント

平成二年三月期 2.8パーセント

であり、金融費用対売上高費率も、

昭和六三年三月期

24.1パーセント

平成元年三月期28.0パーセント

平成二年三月期30.5パーセント

と増大した。

カ なお、統計によると平成元年度のリース業の固定比率は1414.14パーセント、負債比率は3842.29パーセント、売上高経常利益率は1.96パーセント、金融費用対売上高比率は2.95パーセントである。

(4) 訴外会社の平成二年度の営業収益三一九億三八一七万円の内訳は、ゴルフ会員権、宝石の各販売部門が一六九億四一三五万円。ファイナンス部門が一一二億四八四三万円、海外不動産の投資・販売部門が二八億一五三九万円、その他が九億三三〇〇万円であり、金融業務が大きなウェイトを占めていた。

(5) 岩崎は、訴外銀行に対し、平成二年の初めころ、利札のない超長期国債の元本を担保として、五億円の運転資金を融資を受けたい旨申し出、その際、他行からも右のような担保で融資を受けている旨述べた。

利札のない超長期国債元本を担保とした融資は変則的であって、訴外銀行には、このような国債の担保価値を評価する内規もないし、その時点における時価評価は額面の四〇パーセント程度であると思われたので、被告村井は、右国債を担保とした場合、担保割れとなることを認識していた。

しかし、被告村井は、訴外会社から同社の営業収益は三〇〇億円程度あり、営業利益も二〇億円程度上げているとの説明を受けており、同社の信用状況はよいと判断し(右当時、訴外会社の平成二年三月期の決算報告書は、いまだ作成されていなかった。)、東京支店内で協議し、その結果融資を実行するとの結論を出した。そして本部の融資部にも相談したが、融資部も同意見であったので、右申出に係る貸出申請書は、右融資部の決裁を経て、常務会において認可され、融資は実行された(第二回貸付け)。

なお、利札のない超長期国債の元本が時価で額面の四割程度の価値しかないことは、常務会においても認識していた。

(6) 訴外会社は、訴外銀行に対し、平成二年五、六月ころ、一〇〇〇万ドルのスタンドバイクレジット融資を申し込んだ。訴外会社が申し出た担保は利札のない超長期国債の元本一〇億円である。

当時、訴外会社の平成二年度決算報告書が公表されていたが、これによれば借入金が顕著に増大しており、売上高経常利益率は2.8パーセントに減少し、金融費用対売上高比率は30.5パーセントと高率であった。

また、訴外会社が米国においてレキシントンホテルから訴訟を提起されたことが報道されていた。

このような不安要素にもかかわらず、訴外会社の営業収益は、三〇〇億円台で増加しており、経常利益は、減少していたものの一〇億円程度あったので、訴外会社を自己資本の比率のもともと少ない金融業の基準で評価すると、その信用状態はなお良好であると判断する余地があった。

そこで、東京支店の被告村井は本部と相談の上、貸出申請書を作成し、右貸出申請書は、融資部の決裁を経て、常務会において認可され、融資は実行された(第三回貸付け)。右貸付については、利札のない国債元本一〇億円が差し入れられたが、それは信用補完的な意味合いでとられた措置であり、担保割れであることは、常務会の右認可においても前提とされていた。

(7) 平成二年の後半から始まった金融引締め、具体的には不動産融資の総量規制と金利の上昇によって、バブル経済が崩壊した。金融引き締めにより、訴外会社の中心的な商品であるゴルフ会員権の相場の著しい下落を招き、また、不動産融資の総量規制により、金融機関からの融資を著しく困難ならしめ、ノンバンク・外国銀行を中心に訴外会社に対する融資金の引揚げがされたので、訴外会社のファイナンス部門は打撃を受けた。

また、同年末から平成三年にかけて湾岸戦争による米国経済の停滞等により、訴外会社が力を入れていた海外不動産投資の成績が低迷した。これらの原因により、平成二年後半から訴外会社の資金繰りは急速に苦しくなった。

訴外銀行は、訴外会社に対し、平成三年のスタンドバイクレジットの更新の際、現状のままでは保証期限の延長は困難であると告げ、追加担保を求めたが、既にめぼしい資産には担保権が設定され、もはや訴外会社に余力はなかった。

以上の事実が認められる。

(三)  原告は、訴外会社の経営状況を疑わせる状況にあったにもかかわらず、額面の四〇パーセントしか時価評価のない、利札のない国債元本を担保に国債の額面額に相当する融資を認可した常務会の構成員には忠実義務又は善管注意義務違反があると主張する。

右認定事実によれば、訴外六三年三月期以降の三年間の訴外会社の財務内容をみると、短期借入金は約五七パーセント、長期借入金約一一三パーセント増大し、負債比率も三八七〇パーセントから四八四〇パーセントに増大していること、経常利益は約三六パーセント減少したこと、当期利益は昭和六三年三月期から平成元年三月期にかけてはやや増加したもののその後減少に転じていることが認められるが、他方、営業収益は三〇〇億三九〇〇万円から三六三億三二〇〇万円に、売上高も二二六億六七〇〇万円から二五二億二九〇〇万円といずれも増加していることが認められる。

右のように借入金の増加、収益に対する利益率の減少は、会社経営の健全性に対する警告の指標ではあるが、事業を拡大し先行投資に力を入れている企業においては時として見受けられる現象でもあり、営業収益が増加している平成元年度(平成二年三月期)当時においては、訴外会社の経営が順調に推移していると判断したとしても、その判断に重大な過誤があったということはできない。

また、その後訴外会社は倒産するに至ったが、その直接の原因は平成二年後半から始まった金融引締め、具体的には不動産融資の総量規制及び金利の上昇によってもたらされたいわゆるバブル経済の破綻や湾岸戦争による米国経済の停滞等にあり、これらの事情は訴外会社が第二、三回貸付けを決裁する際には予見することのできるものではない。 勿論、このような経済変動に対応しきれなかった訴外会社の財務体質の弱さにも倒産の原因はあるものの、バブル経済の破綻等の大きな経済変動によって初めて財務体質の弱さが顕在化したともいえるのであって、右財務体質の弱さに配慮しなかったことをもって、判断に過誤があったというべきではない。

さらに、訴外会社の業績が好調であると判断していたことに加え、訴外会社は訴外銀行と比較的長期にわたる取引歴があるが、その取引は順調に推移し事故等が起こったことがないばかりか、訴外銀行が国際取引を展開する上で協力を期待できる優良な取引先であると訴外銀行は判断していたのである。

確かに、利札のない国債元本を担保とすることは異例であるが、訴外会社は従前からそのような担保で他の取引銀行から融資を受けており、訴外会社は経営状態が悪化してきたから右の申出をしたわけではない。

また、利札のない国債元本を担保として国債元本相当額の融資をすれば、いわゆる担保割れの状態になることは明らかであるが、訴外会社の常務会は右事情を承知の上で、前記認定のとおり、訴外会社の業績、これまでの取引実績、将来性、訴外銀行の国際取引における訴外会社の協力等の政策的判断に基づいて、融資を決定したのである。

貸付けの安全性を旨とする銀行業務としては十分な担保を徴求することは望ましいことであるが、右の事情を総合判断して融資を決定した訴外銀行の意思決定の過程には通常の企業人として看過しがたい過誤、欠落があったとは認めることはできない。

3  以上のほか、本件各貸付けについて、常務会構成員のこれを可とした判断に通常の企業人として看過しがたい過誤、欠落があるというに足りる事実の主張立証はない。

そうすると、常務会構成員である被告らの行為に善管注意義務、忠実義務違反があるということはできないことになる。

四  常務会構成員でない被告ら等の行為(請求の原因3(三))の適否について

1 原告は、融資案件のすべてが常務会において専決され、取締役会に報告されることもなかったから、業務担当取締役及び常務会構成員以外の取締役にはこのようなチェックシステム構築の怠りにおいて善管注意義務、忠実義務違反があると主張する。

しかしながら、金融機関においては融資は通常の業務執行に属することであり、取締役会よりも機動性に富んだ常務会の専決に任せることには、優に合理性を肯定することができる。しかも、常務会には、その構成員でない取締役も参列して意見を述べることも可能であった(当事者間に争いがない。)から、常務会の決定に違法又は不当な点を発見した場合には平取締役といえども取締役会の開催を求めるなどして、これを是正することも可能であったのである。そうであるとすれば、融資案件を常務会に専決させたことが善管注意義務、忠実義務違反であるという余地はなく、また、専決を監督する手段が確保されていなかったということもできない。原告の右主張を採用することはできない。

2 原告は、業務担当取締役及び常務会構成員以外の取締役は、本件各貸付けが決裁された各常務会において何の疑問も提起せず、消極意見も表明しなかったから、この点において、善管注意義務、忠実義務に違反したと主張する。しかしながら、前示のとおり、本件各貸付けを可とした判断に通常の企業人として看過しがたい過誤、欠落があるとはいえないのであるから、右主張はその前提において採ることができない。

3  以上のほか、本件各貸付けについて、業務担当取締役及び常務会構成員以外の取締役のこれに関連する判断に通常の企業人として看過しがたい過誤、欠落があるというに足りる事実の主張立証はない。

よって、業務担当取締役又は常務会構成員以外の取締役である被告らの行為に善管注意義務、忠実義務違反があるということはできない。

五  代表取締役である被告らの行為(請求の原因3(四))の適否について

原告は、代表取締役である被告らは、訴外会社の経営状態が悪化したことを認識していたにもかかわらず、本件貸付けにつき適切な債権回収の方途に出なかったとし、この点に善管注意義務、忠実義務違反があると主張する。

しかしながら、訴外会社の経営状態が悪化したことが明らかとなった平成三年ころには、訴外銀行は、訴外会社に対し、追加担保を求めたが、担保余力がなかったことは前認定のとおりであるから、訴外銀行における債権管理の手落ちにより本件各貸付けにつき回収不能が生じたということはできない。

六  東海銀行の支配に関連する本件貸付けの違法性の主張(請求の原因3(五))について

原告は、本件貸付けは、東海銀行の要請に応じ、その危険を分散するために意図的にされたものであるなどの旨の主張をする。

しかしながら、本件各貸付けを可とした判断の実体に通常の企業人として看過しがたい過誤、欠落があるとはいえないことは先に説示したとおりであるから、そうである以上、仮にその発端や意思決定の過程に第三者の示唆、影響等が介在していたとしても、そうであるからといって右判断に過誤、欠落ありとすべき筋合はない。

原告の右主張は失当である。

七  結語

以上によれば、その余の点についてみるまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青山邦夫 裁判官長屋文裕 裁判官金子隆雄)

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